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195?年5月24日、オーストラリアのシドニーにローラ・キャンベルとして生まれる。父親はジャーナリストで、地元紙「シドニー・テレグラフ」にコラムを連載していた。彼は家庭内の話題を好んで取り上げ、特に4人のオテンバ娘は絶好のネタを提供していた。このときに使われたニックネームが「リトル・ネル」だった。(これはディケンズの小説「骨董屋」(The Old Curiosity Shop)の純真無垢なヒロインの名から取られた)。
ネルは水泳、ダンス、歌に才能を発揮した。演劇の教育は、地元の演劇学校に通っただけだった。水泳に関しては、1972年のミュンヘン・オリンピックにはオーストラリア水泳選手団の一員として参加しているから、かなりのスイマーだったはずである(残念ながら成績は不明)。その後17才(18才説あり)のときに単身ロンドンに渡る。とりあえずウェイトレスになったが、むしろストリートバスキング(大道芸)で稼いでいた(レストランでもカウンターに飛び乗ってタップダンスを踊る脚のきれいなウェイトレスで有名だった - ロンドンには今でもこんなレストランがあるらしく、伝統のようだ)。ロンドンの街頭で30年代の歌を(あの声で)歌いながら、タップを踏んで通行人から小銭をせしめていたのである。
たまたまある日、彼女が「ジーザス・クライスト・スーパースター」公演中のパレス・シアター前でバスキングしているところに、監督のジム・シャーマンが通りがかり、すっかり気に入られてしまった。さっそく計画中だった「ロッキーホラー」初演のコロンビア役に抜擢されたのは、まるで作り話のようだが本当の話である。
「ロッキー」出演後は、デレク・ジャーマンのデビュー作「ジュビリー」でニンフォマニア役をだらしなく好演(R・オブライエンと共演)、ティム・カリーが出演したBBCのTVシリーズ "Rock Follies" (「ロックバカ」?)や不幸な続編「ショック・トリートメント」に出演、意外なところではケン・ラッセルの「リストマニア」にも顔を出している。また、服装倒錯者の美人コンテストのドキュメンタリー映画 "The Alternative Miss World" (ディバインがゲスト出演!)では、オープニングでタイトルソングを歌っている。舞台ではR・オブライエン出演作 "Micky Mouse Now!" で、邪悪なミニー・マウス役を演じた。
1985年、2週間の予定でニューヨークに旅行したネルは、なんとそのまま住みついてしまう。彼女は「ロッキーホラー10周年大会」にゲストとして招かれたのだが、そこでロンドンの初演時代のある関係者と再会し、彼が計画していたナイトクラブ開店に加わることになったのである。これが後のナイトクラブ、 Nell's で、今なお不動の人気を誇っている。ネルは女主人として、時々ピアノをバックに歌うこともあるとか。
ネルは70年代末のディスコブームにのって、3枚のシングルを出している。デビュー盤 "Do the Swim" は彼女の水泳のキャリアが元になっているらしいが、その歌声は「ステレオ機器の限界に挑んでいる」と評されたとか。セカンドシングル "Fever" のジャケットは、ロッキーを思い出させるパジャマ姿のネルが熱を出して寝込んでいる図で、どうやら前作で泳いだせいで風邪をひいたというコンセプトらしい。3作目は"The Alternative Miss World"の主題歌 "Beauty Queen" 。どれもたいしてヒットはしなかったが、現在では入手困難なコレクターズアイテムである。幸い15周年記念CDボックスセットに再録されているので、比較的楽に聞くことはできるが、個性的なボーカル以外はなんてことのないディスコナンバーだ。
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