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ガーターベルトに妖しく身をつつむ倒錯の美形マッドサイエンティスト、フランクン・フルターを過激に演じるは、性差を超越した魔性の怪優ティム・カリー。彼の存在抜きにはロッキーホラーショーの成功は語れないといわれる、一世一代の当たり役である。
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1946年4月19日、英国チェシャーに生まれる。父は海軍付きのメソジスト派牧師だった。部隊の移動とともに各地を点々とした父は、マルタで知り合った女性とエジプトで結婚し、ティムの姉はこの地で生まれた。南アフリカで身ごもった長男は、運よくイギリスに滞在しているときに生まれた。これがティム・カリーで、数ヵ月遅れていたら彼はホンコン生まれになっていたところだった。 長くて数年で駐留先の移動を繰り返す生活は、舞台のワールド・ツアーのようだった。少年ティムは、すぐに新しい友達をつくるのが特技になった。 その後6カ月は、グラスゴー・シチズンス・シアターで過ごし、スコティッシュ・オペラ・カンパニー(「真夏の夜の夢」)に参加して、地方をツアーした。 73年の4月、ロンドンの街を歩いていたティム・カリーは、ばったりと知人に出会った。「ヘアー」で共演したリチャード・オブライエンだった。2人は近況を伝えあったが、奇しくもリチャードは、ティムが現在出演しているロイヤル・コート・シアターで次に公演するロッキーホラーショーとかいうミュージカルのためにキャストを探しているところだという。ロイヤル・コート・シアターで4公演を経験しているティムにとって、そこは自分の庭のようだった。 リチャードの誘いでロッキー役のオーディションを受け、リトル・リチャードのスタンダード・ナンバー「トゥッティ・フルッティ」を唄ったティムは、ロッキーではなくフランク役をオファーされた。ビスチェやガーターに身をつつみ、ハイヒールをはくには大きな決断が必要だったが、彼は役者としての挑戦と割り切ることにした。 開幕とともにロッキーホラーに寄せられた絶賛は、そのままティム・カリーへの賛辞と見なしてもよかった。不動のフランク役としてロサンゼルスのロキシー・キャスト、ニューヨークのベラスコ・シアターを舞台とするブロードウェイ公演、そして映画「ロッキーホラーショー」に出演した。 その後の活躍については、また筆を改めたい。
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Last updated Feb. 8 1998