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会津さざえ堂が怖い?トラウマ?見どころや口コミ・評判を紹介

今回は会津さざえ堂の口コミ・評判を調査しました。

目次
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会津さざえ堂が怖いとの声はなぜ?

皆さんは「会津さざえ堂」をご存じですか?

福島県にあるお堂ですが、実はこの会津さざえ堂が怖いと言われています。

なぜ、怖いと噂されているのか調査しました。

会津さざえ堂が怖い理由1:天井に貼られてお札

上の画像は会津さざえ堂の内部の天井を撮影したものです。

無数のお札が貼られ不気味な感じがします。

この光景を見ると会津さざえ堂は怖いと言う人がいても無理はありませんよね。

お札は添天井だけでなく壁などにもところせましと貼り付けてあります。

まるで何かを封印しているみたいですね。

調査したところ、このお札はかってこのお堂を訪れた参拝者が貼っていったものでした。

しかもこのお札のためにこのお堂は建てられたというから驚きです。

会津さざえ堂には、西国三十三観音像が安置されています。

西国三十三観音像とは、京都・大阪・奈良・和歌山・兵庫・滋賀・岐阜の2府5県に、またがって点在する「札所」祀られている観音像のことです。

当時三十三か所を巡礼するのが流行りましが、今と違い県境には関所が設けられていますので、遠い会津の地からはなかなかいけませんでした。

そこで、会津の地にいながら三十三か所巡りの体験ができるようにと建てられたのが会津さざえ堂なのです。

お堂の中、各所に観音像が設置されており一周すれば全部の地を巡ることができます。

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会津さざえ堂が怖い理由2:すれ違わない螺旋

建物の大きさとしては、決して巨大な建造物ではないのですが、会津さざえ堂の構造には特殊な仕掛けがあります。

それは、一方通行になっているということです。

昇降ルートが違うだけだろと思われるとおもいますが、実は会津さざえ堂の階段は螺旋状になっています。

断面図でみるとからくりは簡単で、登りと下りで交互に階段が造られているので、登りの入り口から入るとそのまま進むめば下りの誰ともすれ違うことはありません。

しかし、実際にお堂に行ってみるととても不思議な感覚に陥ります。

現代であれば、さまざまな建築物があり実際にその場所に訪れなくてもネットやテレビで知ることができますよね。

当時の人は初めて会津さざえ堂を見た時は、驚いたのではないしょうか(笑)

会津さざえ堂が怖い理由3:白虎隊自刃の地

会津さざえ堂が建てられている場所は飯盛山ですが、この山ではかの有名な白虎隊の少年が自ら命を絶っています。

幕末に新政府軍と旧幕府軍の間で戊辰戦争が勃発しました。

白虎隊とは、旧幕府軍についた会津藩で結成させた4部隊の一つで、最も年齢が若い子たちが集められました。

その年齢は14歳~17歳です。

白虎隊の最後は、新政府軍に攻めこまれ飯盛山に逃げ込みましたが、ここで悲劇が起きてしまいました。

山から城を見下ろしと煙が立ち上っており、それを見た白虎隊は城が陥落したと思い自害を決意したと言われています。

実際は、城は陥落しておらず少年たちの勘違いでした。

その結果、飯森山は19人もの命が消えてしまっという悲劇の地として知られるようになりました。

しかし、この勘違いというのは諸説あり、城が燃えているのに悲観し自殺したというのは作られた話とも言われています。

白虎隊の悲劇が起こった場所は、会津さざえ堂からそう離れていませんので心理的な要因で怖くなるのかも知れませんね。

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会津さざえ堂とは

会津さざえ堂とは、1796年に福島県会津若松市に建立されたお堂で、国の重要文化財に指定されている貴重な建造物です。

「会津さざえ堂」は通り名で、正式名称は「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)と言います。

とても難しい読み方ですよね(笑)

なぜこのお堂が会津さざえ堂と呼ばれるようになったかというと、外観がサザエに似ているからと伝えられています。

確か画像を見てみると、サザエに見えなくもありません。

よく見ると窓が斜めについていたり、建物の形状が六角形になっていたりと、とても造りに特徴がある珍しいお堂です。

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